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福岡地方裁判所 昭和55年(ワ)2852号 判決

原告

中野弘枝

被告

花田真二

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金二九五万八四〇〇円及びうち金二六五万八四〇〇円に対する昭和五三年四月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを六分し、その一を被告らの連帯負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が金二〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金二〇六九万四三二〇円及びうち金一九一九万四三三〇円に対する昭和五三年四月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告ら)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

3 仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  被告花田真二は、昭和五三年四月一八日午前九時三〇分ころ、普通乗用自動車(福岡五五と二九一七。以下「被告車」という。)を運転し、福岡県宗像郡玄海町大字田島八〇番先交差点の直前で一時停止した後、再び発進して右折すべく進行中、左方から直進してきた原告運転の普通乗用自動車(福岡五六の七五一四。以下「原告車」という。)の右側部に被告車を衝突させ、その衝撃で原告車を暴走させて大井川に転落させ、原告に対し、顔面切創、足部挫傷、骨盤腹膜炎の傷害を負わせた。

2(一)  被告花田真二は、被告車を発進させるに当り、左右道路を進行する車の有無を確認すべき注意義務があるのにこれを怠り、左方からの車両一台が目前を通過したのを見て、その後続車はないものと軽信して発進し、交差点に進行した過失により、右事故を発生させたのである。よつて、民法七〇九条に基づき、損害を賠償すべき義務がある。

(二)  被告花田進午は、被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたものである。よつて、自動車損害賠償法三条に基づき、損害を賠償すべき義務がある。

3  原告は、前記事故による受傷のため、次のとおり医師の治療を受けた。

(一) 昭和五三年四月一八日から同年五月二二日まで入院(三六日)し、同年五月二三日から同年七月七日まで通院(四七日、実通院八日)した。

(二) 昭和五三年九月一一日から同年一〇月五日まで入院(二五日)し、さらに、同年一〇月一九日から同年一一月二一日まで入院(三三日)した。

4  損害額

(一) 治療費

原告は、前記3の(一)の治療費として、六六万七九二〇円を支出した。

(二) 入院雑費

原告は、前記3の(一)、(二)のとおり九四日間入院したが、うち九一日分の雑費として一日当たり六〇〇円の割合による金員五万四六〇〇円。

(三) 逸失利益・その一

原告は、古賀ゴルフクラブに勤務していたが、本件事故により、欠勤を余儀なくされたため、昭和五三年七月賞与は二万五一〇〇円、同年一二月賞与は一八万一七〇〇円を、それぞれ減額され、合計二〇万六八〇〇円の損害を被つた。

(四) 逸失利益・その二

(1) 原告は、本件事故により外貌に著しい醜状を残して症状固定し自賠責後遺障害等級七級一二号に該当する旨の認定を受けたほか、右頬部のしびれ感、項・肩部牽引痛や開腹手術による醜状痕等を残している。

(2) 原告は、前記古賀ゴルフクラブに勤務し、症状固定時三五歳で、昭和五三年の年収一七六万円であつたが、右後遺障害により労働能力を六五パーセントを失つたことになり、三二年間のホフマン係数は一八・八〇六であるから一八五三万五〇〇〇円が右逸失利益の現価である。

(五) 慰藉料 七〇〇万円

(1) 入院・通院分

原告は、事故日より昭和五四年六月三〇日まで入院、通院、自宅静養を繰り返さざるを得なかつたもので、この精神的苦痛に対する慰藉料として一〇〇万円。

(2) 後遺障害分

原告は、前記後遺症により、女性として職業・結婚などのうえで決定的苦痛を強いられ今後ともこれに耐えてゆかねばならない。その精神的苦痛に対する慰藉料は六〇〇万円を下らない。

(六) 損害のてん補

原告は、自動車損害賠償責任保険及び被告らから合計七二七万円の支払を受けた。

(七) 弁護士費用

原告は、被告らが任意に損害賠償の支払に応じないので、弁護士南谷知成に本訴の提起追行を委任した。

本件事故による損害としての弁護士費用は一五〇万円が相当である。

5  よつて、原告は、被告らに対し、不法行為による損害賠償として、各自右の4(一)ないし(五)及び(七)の合計額二七九六万四三二〇円から4の(六)の填補額七二七万円を控除した二〇六九万四三二〇円及びうち一九一九万四三三〇円(弁護士費用を控除したもの)に対する本件不法行為の日の翌日である昭和五三年四月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実のうち、原告が本件事故により骨盤腹膜炎の傷害を負つたことは否認し、その余は認める。

2  請求原因2の(一)、(二)の事実は、いずれも認める。

3  請求原因3のうち、原告が本件事故により、3の(一)のとおり入院した事実は、認める。また、原告が3の(二)のとおり入院した事実は認めるが、本件事故に因り入院したとの点は否認する。右入院は、子宮付属炎による骨盤腹膜炎によるものであり、本件事故とは因果関係がないものである。

4  請求原因4の(一)の事実は、認める。

同4の(二)、(三)の事実は、争う。

同4の(四)の事実のうち、原告がその主張のような後遺障害等級認定を受けたことは認め、その余は不知。外貌の醜状痕は、特別の職業に就いている場合を除き、労働能力の喪失とは結びつかず、現に原告は本件事故後も格別の減収を生じていないものである。

同4の(五)の事実は、争う。

同4の(六)の事実は、認める。

同4の(七)の事実は、不知。

三  被告らの抗弁

被告らは、原告に対し損害賠償として、請求原因4の(六)の七二七万円のほか、さらに四六万七九二〇円を支払つた。

四  抗弁に対する原告の認否

抗弁事実は、認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実のうち、原告主張のような転落事故が発生し、原告が右事故により顔面切創、足部挫傷の傷害を負つたことは当事者間に争いはない。

原告は、骨盤腹膜炎の発病も本件事故によるものである旨主張するところ、原告が骨盤腹膜炎により昭和五三年九月一一日から同年一〇月五日まで入院し、さらに、同年一〇月一九日から同年一一月二一日まで入院したことは当事者間に争いがない。けれども、成立に争いのない甲第八号証、第一三号証、証人津留水城の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告の右骨盤腹膜炎は、医学上、子宮付属炎によるものであると考えるのが相当であることを認め得るから、結局原告の右骨盤腹膜炎は本件事故の発生と因果関係があるものとすることはできず、他に右腹膜炎が本件事故によるものであることを認めるに足る証拠はない。

二  請求原因2の(一)及び(二)の事実(責任原因)は、当事者間に争いがない。

したがつて、被告らは、原告が本件事故によつて受けた前記顔面切創、足部挫傷の傷害により被つた損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

三  そこで、原告が本件事故により被つた損害について判断する。

1  請求原因3のうち、原告が昭和五三年四月一八日から同年五月二二日まで入院し、さらに、同年五月二三日から同年七月七日まで通院したこと、これらの入院・通院が本件事故による受傷のためのものであることは当事者間に争いがない。

また、原告が昭和五三年九月一一日から同年一〇月五日まで入院し、さらに、同年一〇月一九日から同年一一月二一日まで入院したことは当事者間に争いがないけれども、原告の右入院は、子宮付属炎による骨盤腹膜炎のためのものであり、右骨盤腹膜炎は本件事故と因果関係があるとなし得ないことは前記一で認定のとおりであるから、右入院(五八日)は本件事故による受傷のためのものとすることはできない。

2  請求原因4の(一)の治療費六六万七九二〇円については、当事者間に争いがない。

3  原告の入院日数のうち、本件事故と因果関係があると認められるものが昭和五三年四月一八日から同年五月二二日までの三六日間であることは、前記三で認定のとおりであり、原告は、右入院期間中、一日当たり六〇〇円、三六日分として二万一六〇〇円の雑費の支出を要したものと認められる。

原告主張の骨盤腹膜炎等による入院諸雑費についてその余の入院期間は、本件事故と因果関係ありといえないからその入院中の雑費についてはこれを認めることができない。

4  原告主張の賞与損について。

成立に争いのない乙第七号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、古賀ゴルフクラブに勤務しているものであるところ、本件事故による顔面切創のため欠勤を余儀なくされ、その結果、右欠勤がなかつた場合に比し、昭和五三年七月賞与は二万五一〇〇円、同年一二月賞与は一八万一七〇〇円の減額支給となつたことを認めることができる。

したがつて、原告の賞与損は、二〇万六八〇〇円である。

5(一)  成立に争いのない甲第五号証、第一〇号証の一・二、昭和五六年二月に原告の顔を撮影した写真であることについて争いのない甲第一二号証、昭和五四年一月一〇日に原告の顔を撮影した写真であることについて争いのない甲第一八号証の二によれば、原告の右眼瞼部に長さ約一センチメートル、幅約〇・五センチメートルの縫合瘢痕、右頬部にU字状及び半月状の隆起した瘢痕が存し、これらは約四センチメートル四方の大きさの紅色・一部褐色の色素沈着となつていて、かなりの醜状痕となつていることが認められる。そうして、原告が昭和五四年二月、右醜状痕が自賠責後遺障害等級七級一二号に該当する旨の認定を受けたことは当事者間に争いがない。

なお、昭和五六年二月に原告の腹部を撮影した写真であることについて争いのない甲第一四号証によれば、原告の腹部に開腹手術による縫合痕のあることを認められることができるけれども、前記一で認定した事実によれば、右開腹手術は骨盤腹膜炎によるものであつて、本件事故と因果関係のあるものとは認め難い。

(二)  原告は、右醜状痕により労働能力の五六パーセントを喪失したもので、その逸失利益があると主張する。

しかしながら、成立に争いのない乙第六号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故当時三四歳の未婚の女性で、古賀ゴルフクラブにフロント係として勤務し、客の受付、プレー料金の受領等の仕事に従事していたが、本件事故後一時右ゴルフクラブの経理係に回されたものの、その後再びフロント係に戻り、給与面についても格別の不利益な取扱は受けていないことなどが認められる。

してみると、他に特段の事情が認められない本件にあつては、原告の顔面に前記の醜状痕が残つたことは、慰藉料額の算定にあたり十分考慮されるべきではあるけれども、これによつて、労働能力の低下による財産上の損害が生じたものとすることはできないから、原告のこの点に関する逸失利益の主張は失当である。

6  原告が本件事故によつて受けた傷害の部位、程度、治療期間、後遺障害程度、とりわけ昭和五一~五二年ころ原告の顔を撮影した写真であることについて争いのない甲第一八号証の一、前掲甲第一二号証、第一八号証の二によつて認められる原告の受傷前と受傷後の容貌の差異や前記5の(二)で認定したとおり原告が婚期前の女性であることなど諸般の事情を考慮すると、慰藉料額は九五〇万円を相当する。

7  請求原因4の(六)(損害のてん補)及び抗弁(弁済)事実は、当事者間に争いがない。

したがつて、原告は、合計七七三万七九二〇円の支払を受けたものであり、これを前記2、3、4、6の合計額一〇三九万六三二〇円から控除すると、残額は二六五万八四〇〇円となる。

8  本件事案の内容、審理経過認容額などからすると、原告が被告に対して損害賠償を求め得る弁護士費用は、三〇万円が相当である。

四  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、二九五万八四〇〇円及びうち二六五万八四〇〇円(弁護士費用を除いたもの)に対する本件事故発生の日の後である昭和五三年四月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとする。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項但書を、仮執行の宣言及びその免脱の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅原晴郎)

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